株式会社ガーネット | GARNET Co., Ltd.株式会社ガーネット | GARNET Co., Ltd.

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  1. GARNET STORY 第二章
2021/04/01

GARNET STORY 第二章

 

商品が溢れ返る時代。システム化という言葉で、人が大切にされない時代。

だからこそ、商品やサービスの前に、ガーネットが、そして経営している私がどんな考えや想いを抱き、なぜ「今のガーネットに至るか」を知って頂きたいと思います。

 

長文になりますが、私が社員やクライアント様に対しての約束であり、そして自分への約束として綴った文章になりますので読んで頂き、

同時に今の段階でどこまで本当にその通りにできているかも確認して頂きたいと思います。

 

ガーネットの最初の事業は不動産業ではなく、大津の唐橋駅近くにある小さな「ケバブ屋」から始まりました。

 

当時21歳の私と父親でお店をしようと決め、工務店を営んでいた母親に資金援助してもらいお店を出すことになりました。

なぜケバブなのかというと、私が東京に暮らしていたときに初めて食べたケバブが美味しくて、地元でもぜひ食べたいと思っていたからです。

そして、「とにかく自分で何か事業をしたかったから、滋賀県にないお店を出した。」そんな単純な話です。

 

そうして、3坪ほどの店舗を借りて、真っ赤なペンキで壁を塗り4月9日のオープンまで父親と必死にお店作りをしていました。

 

そんな来るオープン日の前日に父親は亡くなりました。

 

父親を見送りながら、生まれて今までずっとポジティブな私が、初めて現実から逃避行したくなるほどでした。

ただ、母親が悲しみで打ちひしがれる姿を見て、自分が今何をすべきか?に気付かされました。

 

それは「自分1人でもお店をオープンする」ということでした。

オープンして私が働く姿を見たら、母親は元気になってくれるだろうと。

 

お葬式を終えてすぐオープン準備へ。

一生懸命チラシを撒いたこともあり、お陰様でオープンした日は長蛇の列でした。

「自分に悲しんでいる暇なんてない」と、必死に1つ500円のケバブを作っているときに、遠くの方で母親が泣きながら喜んでくれた姿は今でも忘れません。

 

しかし、そのケバブ屋さんも畳むことになります。

理由は、父親が亡くなったことによる母親の精神的ショックで、母親の会社を畳むことになったこと。

そして、資金を頼ってばかりいた未熟すぎた私の経営者としての自覚の無さでした。

 

そうして私はケバブ屋を失うのと同時に、家族や仲間、自分の居場所を失いました。

私はその時に、自分の人生なのに周りに甘えっぱなしだったのだと心底思いました。

私1人では、周りを守ることも歩くこともできていなかったのだと。

手の中からすべてこぼれ落ち、1人なってようやく気づけました。

 

同時に私は気付かされました。

父親が最後に乗り越えるべき試練をくれたのだと。

父親が命をかけて「お前ならできる」と最後に教えてくれたのだと。

だから「今度は守られる側ではなく、人を守る側に立とう」「失ったもの全て集めることができる力をつけよう」

そして「父親に返せなかった分、中野拓磨に出会えて本当によかったと言ってもらえるような人を大切にする人間になろう」と。

 

「自分の人生は、自己責任で生きる」という確固たる決意があって、初めて切り拓けるのだと。

 

そう思いガーネットを休眠状態にして「もう一度この会社を再起させる」と誓い、今度は誰にも頼らず1人になって不動産会社に勤務することになりました。

 

なぜ不動産会社だったのか?母親の工務店にはたくさんの不動産屋さんが来ておりました。

全員かっこいいスーツを来て仕事をする姿を見て、10代ながら憧れていたのです。

 

しかし、世間はそんな甘いものではなく、中途半端な高卒出身の私は数十社書類選考で落とされる毎日でした。

その中で唯一京都の不動産会社が中途採用枠で雇用してくれました。

 

中途採用でしたが、その年の新卒のスタッフとは同じ年齢。当然、中途半端にしてきた私と新卒のスタッフとは、同じ扱いではありませんでした。

 

ただ、私はスーツを着てオフィスがある会社に働けるだけで幸せだったのです。

電話の取り方も、「賃貸」の漢字もまともに書けない私を雇用してくださった会社様と育ててくださった上司には、今も頭が上がりません。

初心を忘れないようにと、初めてその会社に入社した時に書いた最初のメモを今でもラミネートし大切に持っています。

 

そして、そんな不動産業が私にとっての天職でもありました。

楽しすぎて打ち込みすぎて休みも返上で働いていたこと、そんな日々の積み重ねから最年少でお店を任されるになりました。

 

1人になってから5年経ち、不動産の知識や知恵を得て「さぁもう一度全部取り戻そうか」と独立を決心しました。

 

当然、新会社ではなく6年間休眠状態だった「株式会社ガーネット」です。

 

今度は自分で備えていたお金を全額投資して、背水の陣の覚悟でした。

ただ前回頼ってばかりいた21歳の私とは違い、

今回は「1人で不動産業に飛び込んだ日から、自分自身で人生を切り拓くんだ。」ということを決意し、

「今日まで不動産業を通して掲げた目標を全て結果で超えてきた」という自分自身への信頼と期待が不安を大きく上回っていました。

 

そんな6年間休眠状態だったガーネットを再始動したときはオフィスもないので、びっくりドンキーのテーブルで事業計画書を作るところから始まりました。

ハンバーグを食べて、事業計画のミーティングをする。

今の私からすれば、その当時のミーティングはずさんなものだったと思います。でも夢を語り合う素晴らしい時間でした。今でもそのことは鮮明に思い出すことができます。

 

そこからスタッフは3名から10名、10名から50名、50名から250名に急増。

 

オフィスは、古ビルの10坪のオフィスからカフェ併設のオシャレオフィス、またそこから京都駅前の4階建てのビルを一棟借りし、またそこから10階建ての素晴らしい一等立地の新築ビルへと。

 

事業も不動産のみならず、ホテルや飲食店、美容室、アパレルなど沢山の事業を行いました。

そして売上はガーネットを再始動して5年で25億円を超えるようになりました。

 

しかし、急拡大にはデメリットも伴います。

 

売上を追求して、多角経営していくことで会社や人の管理が疎かになる組織。

会社の利益を優先して、クライアントに約束を果たせない経営者。

儲かる事業には何でもかんでも手を出す会社。そして誰もそれを止めようとしない会社。

 

芯や軸がなく、いつの間にか、私は裸の王様になっていました。

全て私の責任でした。

 

途中から私は「人を守りたい」「失ったものをもう一度集める」という考えを忘れていたのです。

そしていちばん大切な「本当の意味で人を大切にする人間になる。」ということを。

 

売上や利益はもちろん大切です。

綺麗事だけでは誰も守っていけません。

ただ、「ガーネットは何のために存在するのか?」が変わっていたのです。

 

私は、「このままでは誰の責任も負えず、結局私利私欲だけの会社になってしまう。」

「儲かる商売なら何でもやる会社では、誰にも何の約束も果たせない。」

「ガーネットは、そんなことする為にある会社じゃない。」

 

そう思い、自分を見つめ直しました。

社会にとっても、スタッフにとっても無責任な会社や経営者になる気はない。

 

何でもかんでもやるのではなく、自分が経営者として「しっかりとした軸を持ち約束を果たせる事業」に力を注ぐ。

そう、不動産のプロである自分が不動産業に集中するなら、人を守れることも、約束を果たすことも、幸せにすることもできる。

 

だから今度は「ガーネットは軸足をぶらさない。不動産会社として成長するんだ。」

「スタッフがこんな世の中で不安にならなくていい、生涯雇用を約束する企業をつくるんだ。」

「クライアントが本当に喜んでくれる真価を提供する企業にするんだ。」

そして「関わる人全員が幸せになる企業にするんだ。」と自分自信と理念に向き合い、舵をきりました。

 

一時300名までいたスタッフは、現在、役員含めてスタッフは13名。

 

ただ、2020年の売上は過去最高の28億円を超えました。

 

「不動産業に焦点を合わせる」

「プロの自分たちが本当に欲しいマンションを創る」

「お客様にとって最良の商品を扱う」

という社会やクライアントへの約束も果たすことができた上で、売上は毎年増収しています。

 

そして大切なのは売上ではなく、「何の為にガーネットが存在するのか?」ということを常に経営者である私が理解しブレないこと。

 

今ではスタッフに対して「終身雇用をする」と胸を張って約束できる。

クライアントに対して「本当に最良の選択を提案できる」と約束できる。

その約束を守るためにも、軸足をぶらさず不動産のプロフェッショナルとして成長していく。

 

そして最も大切なのは「人を大切にできる企業」にする。

だからこそ、マンションを創る前に「人を創る企業」がガーネットのあるべき姿なんだと。

 

最後になりますが、ガーネットとは宝石の名前です。

私の母親の誕生石でもあります。

聖書のノアの方舟の話で、四十日四十夜続いた大洪水の中、方舟で灯日の役目を果たし、暗闇に希望の明かりをもたらしたのがガーネットだと言われております。

 

私は父親と始めたガーネットで「道を切り拓くのは自分自身だ」と教わり、母親の誕生石であるガーネットという宝石から「どんなときも希望の光はある」ということを教わりました。

 

そして、日々一緒にいてくれるガーネットの社員から「生きがい」という人生の居場所をもらっております。

 

いつの間にか守られ、与えられていたのはまた私の方でした。

だから私はまだまだ未熟な経営者です。

 

知らないことの方が多く、これからも間違いもあれば、失敗もあると思います。

 

ただ、以前と違うのは「何が大切なものなのか?」が明確にわかります。

人生に1人で挑むことの大切さも、そして、いつだって1人ではないと仲間に感謝することの大切さも。

 

ガーネットそのものである社員は私にとって宝物です。

そんなガーネットに関わる方すべての人を幸せにしたいと心の底から想っております。

 

これからも私はもちろんガーネット全員が人を大切に想い、関わる方全員が幸せになる未来を切り拓いていきたいと思います。

 

そして、経営者としては、私の名前にあるように「常に自分自身を磨き、道を切り拓く」。

その理念のもと、次の世代の良い道標になる経営者として日々成長していきたいと考えております。

 

これからも日々悩み、時に立ち止まり、そして成長し、挑戦していく。

そんな新しいガーネットが描くストーリーをお楽しみください。

 

未来を拓く集団

株式会社ガーネット

中野拓磨